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ぺんぎん村日記

 4人の子どもを持つぺんぎんママが、クリスチャンホームスクーラーの日常を綴る。

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実家から帰ってきました~~!
たくさんのコメントをありがとう、みんな~!




病気がついに脊椎まで転移して、下半身が
動かなくなった父でしたが、6日金曜日に、
入院11日目であれよあれよと言う間に、思いの
外早く、御国へ逝ってしまったわ。



正直な話、人間的にはほとんど、父として、
あるいは夫として、よきものを遺したとは
言いがたい父が、しかしただ主の憐れみゆえに、
選ばれ、愛され、赦された者として召されたのを
見るとき、神様の大きさ、高さ、深さを思う
ばかり‥‥。




でもね、「その世界」(関西の音楽界)では、
それなりの影響力を持ってたのも事実らしく、
その前夜式と葬儀において、生きてた分全部に
まさる伝道をしはりましたわ。なんと、のべ500人
以上の参列者があったんです。たぶん半数以上が
ノンクリスチャン。(牧師さんは、すばらしく明確に
福音の真理をばっちり語ってくださいました!)


同時に、これは父と言うより、母の人徳、人脈
でもあるのも事実じゃないかと思われるのだけど。



出棺前の最期のお別れの時には、元々は、吹奏楽
指揮者だった祖父の弟子で、おそらく50年にも
わたる長いお付き合いをしてくれ、父がくも膜下で
倒れてからも、何かと面倒を見て助けてくれてきた、
我が家にとっては親戚同然の、あるおじさまが、
男泣きに泣き崩れてくれちゃう場面もあり‥‥。
ほんとに不思議なもんです。


そういえば、父の父は、今から22年ほど前に他界した
んだけど、召される2週間くらい前に、自ら「洗礼
受けるから神父さん呼んでくれ」って言って、カトリックの
洗礼を受けたそう。



私は当時、結婚一年目で新米教師。たぶん夏休みに
帰省した時だったか、病院にお見舞いに行き、
その時、自分の言葉でキリスト信仰を説明した手紙を
渡したの。同じ頃、やはり私だったか、あるいは
カトリック信者の従姉妹だったかが聖書をプレゼント
したらしい。受け取った時は「こんな少女趣味な本、
読めるか」と一笑にふしたらしいけど、それから
しばらくして、洗礼受ける気になったってわけらしく。



あとから母が叔父(父の弟)に聞いたところ、祖父は
「○○(父)のところが家族みんなキリスト教やのに、
○○だけが違うのが気になるから、わしがクリスチャンに
なったら○○もなるやろうかと思って」と、受洗の動機を
語ったそう。

ま、祖父がどのくらい信仰をわかってたかはともかく、
胸の熱くなる話じゃありません? 

この祖父の思いがあり、母の長年の涙の祈りがあって、
「あの(!)父」(笑)がめでたく救われ、その死を通して
ようやく主のお役に立った・・・って感じ。






私は、先月26日に入院の知らせを受けて、3月1日から
3日まで帰阪して父を見舞ったわけだけど、その時は
すごく調子が良くて、コミュニケーションもでき、
冗談も言えるほど回復の方向にあったんよね。
なので、「もうひとがんばりして、最期くらい、
ちょっとは父親らしい気遣いを見せたりしてくれるんじゃ
ないかな ・・? そうさせてください・・」な~んて
淡い祈りと願いを抱いたんだが、やはりうちの父は、
最期まであの父やったわ(笑)


愛され、憐れみを受けて、ほとんど痛みも苦しみも
ないままに、信じられないくらい、ありえないくらい、
静かに、穏やかに息を引き取ったそう。家族は一様に
「ひいきされすぎちゃうん~~~!?」と叫びました(笑)




知らせを聞いた時は、なぜだかなんだか泣きたい気持ちに
なったんだよね、やっぱ・・・。その理由は、正直、今も
よくわからないけど、「結局あんたは、最期までほとんど
夫らしいこと、父親らしいことをしないまま、とうとう
ほんとに逝っちゃったんだねえ‥‥。母に、そして特に
弟に」という思いもあったかなぁ・・・、などと不謹慎な
ことをぼんやり思ったりしてる次第‥‥。あたしって
いけない子かしら・・・??





そうこう言ううちに、日曜の通夜、月曜の葬儀と終わり、
その日には兄とその家族、火曜には私の家族、水曜には
名古屋の妹と子ども達、そしてきょうは私が、それぞれの
地へと帰り、いよいよ実家では母と弟との「介護のない、
二人での日常」ってものが始まるわけです。もちろん
世帯主亡きあとのさまざまな雑務を並行しながらね。







いろいろと、言葉には尽くせないほどほんっと~~~に
いろいろと、考え、思い巡らした、1週間でした。



わかったこと
「主のなさることを我々人間は理解しきることは
決してできない」以上!‥‥って感じですかね。


まあ、そういう私も、この八街で、またいつもの
生活に戻るわけです、明日から。



でも、大きなこと、小さなことと起こるなかで、
何かが少しずつ、少しずつ動いてくのを感じる
このごろ・・・。



置かれた地で、主が見せてくださるみわざを見ながら
また生きていこうじゃあないの・・!! そんな気持ちで
パソコンに向かっていた今でした。





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SALLYまたはSAORY
  • Author: SALLYまたはSAORY
  •  2001年の秋から4人の子どもたちを順次ホームスクーリングで育て始めて今に至ってます。2005年春には鎌倉へ、2007年秋には千葉県八街市へと住まいも移し、新しいミニストリー(創造主なる神様への奉仕としての働き)として、不登校の子どもを持つ家庭や、ホームスクールを選んだ家庭と連携し、サポートし合うネットワーク作りも始めています。なんとなく過ぎてしまう毎日の生活ですが、しばし立ち止まって、なにげない日常の中にある神様の恵みを見つけ、味わうためにもこの日記を書き綴っていきたい、と思ってます。

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