FC2ブログ

ぺんぎん村日記

 4人の子どもを持つぺんぎんママが、クリスチャンホームスクーラーの日常を綴る。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
<学校は戦場>

「学校は戦場だよ。」
ある日、次男がぽつりと言いました。。
彼が言うには、
学校という所は、いつでも何をしていても、
そこは結局競争の場になり、
少しでも自分が相手に勝っていることをアピールしないでは
やっていられない所なんだ、
というのです。

たとえば、昼休みに楽しくドッジボールをしたとしても、
終わったあとが大変だったそう。
「負けたチームの子が、
悔しくて負け惜しみでいろいろ言うのはまだわかるよ。
でも、勝った子達まで相手をばかにしたりあざけったりするんだよね。
どうかと思うよ。ほんと疲れるんだよ。」
「そうなんだ。でも、君もそのなかの一人だったんじゃない・・・?」
「うん、まあ…。あそこにいるとそうなるんだよ。」
このような会話をしたことを覚えています。

考えてみれば、そもそも学校というシステムが、
競争原理を利用していわゆる「やる気」を引き出し、
「集団の中で自分はどうか」ということを常に意識させることによって、
大きくはずれないようにと気を回させたり、
あるいは勝ったか負けたか、強いか弱いかを判断させたりして
よりその場に適応する力のある人材を作り出そうとするものなのかもしれません。。

もしそうだとすれば、次男が言ったようなことは起こるべくして起こっているわけで、
誰のせいとも決め付けられないし、そうして犯人探しをしたからと
事態が良くなるわけでもないでしょう。

けれど、学校を離れて1年ほど経ったある日、
初めて彼がポロっと口にしたこの言葉は、
改めて教育について考えさせられる一言ではありました。
そして悲しいことに、
やはり、長く学校社会でやってきたきた我が家の子ども達にも
その影響は色濃く現われていて、
兄弟関係で問題が起きる時、
競争意識、比較意識が強いばかりに問題が複雑化するのを感じます。
それは私たち親自身にも言えることでしょう。

「○○ちゃんはできるのになんであなたはできないの?」
と言ったり、
「一番○○だった人に××してあげる」
といった形で報酬を出したりすることが、
いつでも必ず悪いとは言い切れないとしても、
(あ、上の例はいつでも必ず悪いですよね)
こういった言葉で子どもを動かそうとすることには
かなり慎重でなければならないと思うのです。

「私のすること、しないことは、
すべて神と人への愛が動機であり、目的です」

なんて、決してかんたんじゃないし、
今の現実の世で達成できることじゃないかもしれないけど、
目指すところはそこだ、というところから
目を離さないでいられるようになりたい。


ホームスクーリングは子どもの教育のことではなく、
実は、親である我々自身の生き方、価値観が探られ、問われるものだ、
と感じます。
主のあわれみのなかで、
聖書の言葉の原理によって、
ひとつひとつのことに対する考え方、見方、
そして言葉や行動を変えていくことは簡単ではありませんが、
日々新しくチャレンジし続けるねうちはじゅうぶんあることだと感じています。




<コンピューターゲームをめぐる抗争>

次男といえば、大きな問題になったのは
コンピューターゲームにまつわることです。
あの「ゲーム」というものには、相性とある種の才能があって、
関わることを通してそれを益とすることができる
個人や家庭の資質と環境が備わっている場合と、
そうではない場合があるんじゃないだろうか、と、個人的には感じています。

我が家において、特に次男においては、
実はこれが頭痛の種となってきました。
彼は、「ハマる」タイプで、夢中でゲームに没頭すると
頭の中がそれでいっぱいになってしまうように私の目には見えるのです。
そのうえ、一定時間以上やると、明らかに言葉使いが乱暴になったり、
暴力的になったりするように感じていました。
また、コンピューターという手軽なおもちゃが手近にあると、
生身の人間とのふれあいがなくても、
そこそこ退屈せずに時間を過ごせてしまうということにも、
現代に特有の危うさを感じます。
しかも次男にとっては残念なことだったかもしれませんが、
我が家の場合は、私たち両親ふたりとも
「一緒にゲームをやって楽しむ」という趣味も、
「一緒にやってみてその内容、問題点を判断する」という余裕もなかったので、
時に同じゲームに取り組んだり、彼がやりたいだけやらせてみたりして、
ゲームとのつきあいを十分ケアし、管理するということはとてもできませんでした。

必然的に、種類や時間についてたくさんの制約とかなり厳しいルールを作って、
それも何度も何度も泣いたり怒ったりしながら話し合い、
少しずつルールの内容を変えながらやってきました。
正直なところ、今も何が最善なのか何がいけないのか、
判断しきれない部分もたくさんあります。
でも、その時その時、主に在って子どもをよく見て、主に聴きながら、
主から委ねていただいた権限を、確信をもって用いさせていただくしかないんだな、
と思います。親のほうもまちがう危険を重々自覚しながら・・・。

最近では、彼自身ようやく落ち着いて、
自分なりのつきあいかたが少しずつ身についてきたように見えますし、
新しくコンピューターのプログラミングという分野にも関心が広がり、
父親に聞きながら、自分で本を読んだりして学んでいるようです。
まだまだ現在進行形のこの分野ですが、
主の導きのなかで知恵をいただきながらやっていきたいものです。




つづく



注)
ご承知のうえで読んでくださってる方が多いとは思いますが、
上の文章は、2003年ごろ(次男が10歳ごろ)に書いた文章です。
先日、本人に確認したところ
「別に載せてもいいよ。でもゲームくらい今でもやってるし笑」
という反応でした。

今じゃゲームだけじゃないですよね。
いろいろと、われわれの脳みその中に
知らずに入り込んでくるエイリアンが
ちまたにあふれています。
それらとどう賢く付き合っていくのか、
主の知恵をいただきたいところです・・・。






スポンサーサイト
このページのトップへ

コメント

このページのトップへ

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

このページのトップへ

トラックバック

FC2Ad

Information

SALLYまたはSAORY
  • Author: SALLYまたはSAORY
  •  2001年の秋から4人の子どもたちを順次ホームスクーリングで育て始めて今に至ってます。2005年春には鎌倉へ、2007年秋には千葉県八街市へと住まいも移し、新しいミニストリー(創造主なる神様への奉仕としての働き)として、不登校の子どもを持つ家庭や、ホームスクールを選んだ家庭と連携し、サポートし合うネットワーク作りも始めています。なんとなく過ぎてしまう毎日の生活ですが、しばし立ち止まって、なにげない日常の中にある神様の恵みを見つけ、味わうためにもこの日記を書き綴っていきたい、と思ってます。

Search

Calendar

07 « 2018/08 » 09
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

 

プロフィール

SALLYまたはSAORY

  • Author:SALLYまたはSAORY
  •  2001年の秋から4人の子どもたちを順次ホームスクーリングで育て始めて今に至ってます。2005年春には鎌倉へ、2007年秋には千葉県八街市へと住まいも移し、新しいミニストリー(創造主なる神様への奉仕としての働き)として、不登校の子どもを持つ家庭や、ホームスクールを選んだ家庭と連携し、サポートし合うネットワーク作りも始めています。なんとなく過ぎてしまう毎日の生活ですが、しばし立ち止まって、なにげない日常の中にある神様の恵みを見つけ、味わうためにもこの日記を書き綴っていきたい、と思ってます。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。